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in エネルギーワークのこと

【ワークの記憶から】忘れられない光景

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もう秋になりましたが・・・

先日行ったワークのうち、忘れられない一場面を見ました。

自分が行う仕事の別の面について考えさせられる事でした。


こわごわ|д゚)チラッ

ご興味があればどうぞ(=∀=)



ワークを行う際、人(いわゆる両足で立つ人型)でないものを見ることは沢山あります。

それが全て妖怪だの悪魔だのと言うつもりはありません。
私には「そのように見える」だけで、他の方の知覚では「黒い色」とか、重たい軽い、痛い、
このように見える、と、同じものを見ても見る人が違えば違うかもしれません。


以前10数体一人で背負って苦しかった方から非常に苦しいと電話があり、
その夜にメールがあって、それを読んで大丈夫かな、と、私が思った瞬間に、
一人(汗)がその電波に乗ってこちらにやってきました。
あちらの世界に空間も時間も無い訳なので、乗り換え屋の場合、
「そっちがいいや」と思ったら、即乗り換え。

あまりに強力な存在だったのと、夜だったので私もボーっとしていて隙があり、
さっくりと入られてしまったようです。

そこから一時間、本当に何年かぶりに、お腹や体が痛くてのた打ち回り、
さすがにまねしないで欲しいのですが、痛すぎて悠長に割っている余裕が無く、
原液のホワイトセージオイルをおなかに塗り、プラントアレーとZ14を抱えて
即自分のためのワークを施しました。


ワークをはじめると相手は還される事もすぐに分かるので、
乗り換え屋さんはすぐに逃げます。

四足、黒と赤の斑点の人型、黒赤のスパ○ダーマンのような風体と動きでしたが、
すごい勢いで逃げたので、サポートしてくれる人たちに捕まえてもらいました。
もし逃げれば元のクライアントさんの所に戻るのは目に見えています。

かなり抵抗し、かなりすごい声で叫び、
雄たけびのような断末魔のような声がしていて、
可哀想だったけれど、還ってもらいました。

彼をとにかく還す所まで還すと、四足だったのが、
二本足で立ち、そして、その黒と赤の色の毛皮のような、着ぐるみのようなものが剥がれました。

しばらく、彼はボーっとしていて、何か我にかえった様でした。
一体何をしていたのか全く思い出せない様子です。
そして、こちらを見て、ちいさく会釈をして、光にかえっていきました。
先ほどまでの獣性のかけらもありませんでした。

私の体の痛みも勿論治まりました。

彼は四足だったけれど、まるで悪魔のようだったけれど、
ただの人間だったんだ、と、思いました。
剥がれたものは別の存在ではなく、本当にただ洋服を脱ぐような。
脱いだものは非常に重たいけれど恐らく光の記憶に吸収されるのでしょう。


彼がなぜそんな存在になったかまでは見ませんでしたが・・・
本当に「我を忘れている」状態なだけで、ただの人だった。

乗り換え乗り換えで好きにそちらで生きていたのが、
彼自身もただ我という意識もなく、ただ存在している。
彼が彼らしさとして表現した存在は、脱いでしまえばただの一人の人。
彼らしさだったかどうかさえ分からない。

私は、自分を整えたのか、
クライアントさんの仕事をしたのか・・・・
彼が無事還れて元の自分に戻ったことを、
ただ、心から、「良かった」と思ったのでした。


私は体が痛いからどうにかこうにか痛みを止めるため還しただけで、
彼に同情している訳でもありませんが、
それでも、よかった、というのは、どういうことだろうと、ふと思いました。


この感覚をどう伝えたらよいのか、よく分からないのですが・・・。
いつも還すときであっても、自分たち以外の存在を邪魔と思って仕事はしません。
寧ろ、この(クライアントさまの)体はアナタのものではないから、
かえるべきところにかえろうね、という、なんだか母な気持ちです(笑)。
お母さんな気持ちなので、邪魔だからどきなさい、という方法は取りませんし、
元のいるべき場所に行って、「本当の存在」に戻してもらうといいよ、とは、思うのですが、
「還れて良かったね」と、思うのも不思議だったのでした。


それ以来、彼の存在のことを時々思い出します。


昔、神がルシフェルを創ったのであれば、必要だったからだろう、
万が一人が人として堕ちるとこまで堕ちても、
最も下にも誰かいるというのはそれはそれで救いなのだろうと書いた事がありまして。
どんな存在であっても神の愛情で結局守られているような。
それ以来、悪魔とは何なのだろう?彼自身なのだろうか?と長いこと考えていました。


全く別の存在ではなくて、ただ自分の中にあるんだろうな、ということ。
だからと言って私たちが悪魔であると言っているのではありません。
そのような性質を持ち合わせている、ということは自覚があったほうが
愛情でもって制する事も出来るのではないかと・・・
還した彼のように、それが制御できないほどの悲しみや苦しみや絶望があったのだということ。
そういう表現方法で生きることを選んだ存在がいるということ。
天使が一緒にあるなら、悪魔も共にあるのだろうという事。
自分の中の「神的性質」「悪魔的性質」。
嫌おうと好こうと共にある両性質、
神や天使がすきで悪魔が嫌いというのは、
単なる自分の中の右目は好きだけど左目は嫌いというような感覚。


彼を見て、ただ、なぜか、
うまく言葉にならない知覚が開きかけている、そんな感じです。
使命感でもない、安堵でも幸福でも勿論善悪などではない・・・
何とも不思議な新しい感覚。


それ以来、「自分とは、ただ体と自分という個性の知覚をまとった、同じ人間」という
感覚が増したように思います。
自分という着ぐるみ着たスピリットなんだろうなあと・・・。
ある意味で私たちは私たちになったときに、
我を忘れたのだろう、目覚めるまで今も我を忘れているのだろう、とも。。。
我とは真実、神、THE ONE でも I AM Iでも、ALL THAT ISでも何とでも当てはめて下さい。

テレビやニュースを見てあーでもないこーでもないと誰かが言っていても、
「自分・私」を表現しているひとつの個性と思うことも多くなりました。
その役割を引き受けるのも大変そうだな、と思うこともあるし、
その役割やるのもいいなあと思う事もあります(笑)。

そして、先日、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を取られたことも、
それら一連の「役割」という事を思い出すきっかけになりました。
彼が数年前テレビに出られたときの事を思い出していました。
とても素晴らしい講演会でした。

(追記:たまたま今見られたので。本が好きならおススメです。)



どの話も素晴らしいのですが、今回の話の中に関係ある
話のうち私が衝撃を受けた事を要約するとこんな感じです。

「(小説は)どんな舞台でも、どんな時代でも、どんな国でも書ける事が分かってしまった。
それ以来、舞台を決めることに非常に時間をかけることになってしまった。
そして、それがかえって非常に自分を悩ませている」。

彼の言葉は私にその神の視点の知覚を思い出させられたことに、
非常に衝撃を受けた事を思い出します。
当たり前のことしか言っていませんが、彼の言葉の持つ幾つかの真実が、
私の中の「誰でもどんな役割でも可能なのだ。舞台は今だ」という知覚を開いてくれました。
それ以来彼自身がとても好きになってしまって、
彼の頭の中を見たくて、エッセイ類を探した事を懐かしく思います。
(受賞されたことがとても嬉しいなんて思う事がとても嬉しい)


「ああ、みんな、本当に、本当の意味で、誰(役割)にでもなれるんだ」、と・・・。
したいことの中から自分で選んで自分らしさを表現していく。。。
存在すること。生きること、表現すること。



彼が私にとびのってきたのもまた縁だったのだろうと、
新たな学びを深めた夜だったのでした。。。。

すごく痛かったけれど・・・(笑)。




*****

追記。
次の日ワークをしましたが、家の中~ご自身まで何個か還って行きました。

すごく無口で静かに家に引きこもりたい感じのスピリットが壁に隠れていたのですが、
そこに近づこうとするといつも毛が逆立つので近づきたくない感じがしていて、
「しばらく、誰とも話したくないし、できれば引きこもりたい感じが続いていて・・・」と、
クライアントさんは話してくれました。


私たちは思っているより外側からの影響は大きい。
自分の思考だと思っていることが、意外と外側の時もあります。

だからこそ、「自分らしい」感覚、真ん中の感覚を良く覚えておいて、
急に自分らしくない行動感覚を起こし始めたら、「うん???」と考えてもいいかもしれません。
月星の影響や、ホルモンの影響もあるので、全てとはいいませんが・・・。


**********


今日出てきたグッズ

ホワイトセージオイル 

プラントアレー(今回のように強力なときは私はハワイ派です)

Z14


ワーク












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