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浄化が起こるとき2 「クリスタルプロテクション」より

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「クリスタルプロテクション」 ジュディ・ホール 著 

前回、浄化が起こるとき、をご紹介し、この本からの引用をちらりとご紹介しましたが、その部分をしっかりしたほうが良いと、再三内側からメッセージが届いているため、ご紹介いたします。

P.110~115が、エッセンスの使い方、特にペタルトーンエッセンスの、ジュディ・ホールさんの考察が沢山載っていて、参考になることもしばしばです。

相手の浄化の仕方ではなく、「浄化をしたくない人」の部分を引用します。
その部分の前に、土地の影響を受ける時の例が載っていますがまたタイミングがあればご紹介します。

ジュディホールさんのご意見と、ペタルトーンエッセンスを作っているデイビッドさんのご意見と両方が載っています。浄化されたくない人、という比喩をとっていますが、人との関係性のとり方で、とても素晴らしい部分のひとつです。

ジュディ・ホールさんは石の世界では第一人者でありますし、どの本も素晴らしい本です。中でもこの本は、浄化やセルフワークに特化した素晴らしい本です。(中に8のワークに似て、8の形に水晶や石を置きましょうとあります!)

ご興味があれば続きよりごらん頂き、ご興味があればご購読くださいませ。
太字部分が引用部分です。

クリスタルプロテクション より
P.114~115

(引用開始)
「神聖な場所で瞑想や「ワーキング」を行う前には、常に土地のエネルギーをチェックしましょう。そうした場所は過ぎ去った昔の全エネルギーからの影響を受けています。そして、そのすべてが善だと考えることはできないのです。
 また、身のまわりのエネルギーを浄化したくない人がいることも覚えておいたほうが賢明でしょう。実を言えば、ネガティブなものや招かれざる客に引き付けられる人がいるのです。ネガティブな要素を身につけている人は、私がエッセンスをスプレーすると強い反応を示す場合があります。」

(中略)

「私は息苦しさを感じ、<クリスタル・クリアー>をたっぷりと自分のまわりにスプレーしたのです。エッセンスがかかると、例の出版社の人は勢いよく飛び上がって震え、火傷でもしたかのように体をこすりました。これはかなり妙なことでした。その場にいたほかの人たちは、空気がかなりきれいになった気がすると話していたからです。」

(中略)

「その後しばらく経って、その出版社の人から電話でとても言葉にできないようなひどい攻撃を受けました。攻撃されたあと、電話がある部屋の隅にはたまらなく臭い靴下のような強い悪臭が漂っていました。」

(中略)

「このクリスタル・クリアーの事件を思い出して話すと、こう言った人もいたのです。吸血鬼にニンニクを与えたようなものでしたね、と。」

(中略)

「<クリスタル・クリアー>は驚くほど空気を浄化してくれるのです。いろいろな人から、あらゆる場所にこのエッセンスをスプレーしてほしいと頼まれることがよくあります。エネルギーの変化をたちまち感じ取れるからでしょう。とはいえ、いまだに<クリスタル・クリアー>の使用を不快に思う人がいることも事実です。」

(中略)

「けれども、デイビッド・イーストーに言わせると、ネガティブな要素を身につけている人のなかには、今のままの自分のほうがはるかに心地いいという人もいるらしいです。それはそれで、そのような人たちの意思を尊重しなければならないことをわたしも学びました。」


(以上、引用終了)


人との人間関係で、正義と正義がぶつかって、戦争になってきました。

これは、空気をきれいにしてくれる物だから、それを使わないなんて信じられない、と、良かれと思って何でも浄化するのは、強迫観念に近いものがあります。


先日記したとおり、白からの源泉でも、黒からの源泉でも、
ある程度同じような結果を得ることができます。
(その後魂に刻まれる事についての、結果は、真逆ですが・・・)

習慣、伝統、という言葉は素晴らしいものですが、
時に人を考えさせなくする作用もあります。

なじみのある源泉から、エネルギーを得たいと望むことも、当然です。
それが自分の「ホーム」である、「安心」であると感じるからです。

これは白しか知らない場合、黒しか知らない場合、両方を指します。
互いに相手を相容れないのでは、単に戦争を起こすだけです。

黒も知っているけれども白を選択できれば最も良いですが、
白を知っているけれど黒を選択する人がいる、という事も、
白を目指すヒーラーたちが受け入れなければならない事実です。
そして黒を目指すヒーラーがいることも受け入れなければならない事実です。
黒だと知らずに師についてしまい、助けを求めてやってくる人も沢山あります。

どんなに、家族であっても、兄弟であっても、
相手の人生での選択を、他人が「変わってほしいから」という理由で、
押し付けるわけにはいきません。

もし、相手が、変わりたかったり、もうこの中から抜け出したいと、
心から望んだときに、知っている手立てとして、すすめる事ができます。

よい道具とは、その手段の一つです。

道具を、よかれと思って振り回すと、戦争になります。
どの源泉で生きていたとしても、相手の意思を尊重する、とは、とても大事なことのひとつです。

知っている、という、知識も、道具の一つですから、
意見の衝突という、戦争になる訳です。

もし相談されたら、まずは調和を目指して、
「どうしたい?」とたずねること、
そして、「こういう方法もあるけどどう?」と、そっとたずねて下さい。
そして、使う、使わない、どちらの選択をしてもいいと最初から許可をしておくことです。

自分が心から良いものだと思っているものを、選択されないのは、
まるで自分が信用されなかったようなけなされたような感覚になる事もありますね。
それでも、最後の選択権は相手に委ねることもお忘れなく・・・(^^)




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