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【ひとりワーク】観念の浄化

Category浄化のこと
今日は旧暦の新年ですね。
新たな目標を立ててもよいかもしれません。

以下、思いつくまま書いたので、長くて読みにくくてすみません、きちんと系統だててお話すれば一冊の本になる位の内容なので、エッセンス部分だけですが、どうぞお許し下さい。

観念を手放すにはどうしたらよいですか、という質問に答えて、ワークを作ってみたので、独自の方法が無い方、ご興味があればご覧下さいませ。





今日は、心の観念をどう手放したらよいか、と、いうご質問を頂いたので、まずはヒーラーに会いに行こうとする前に、気づいたとき、思い立ったときに一人で出来るワークのご紹介です。



観念。人は色々な経験の中から意識的にしろ無意識的にしろ心に刻んだ言葉が沢山あります。パブロフの犬のように、その言葉や観念、思いが神経を通して同じ反応をし、経験を呼び、いい事も、嫌な事から学んだり気づいたりすることも、自分で自分の世界を創造しています。100%全ては自分に責任がある、と理解してしまえば、周りの世界は、全て、自分が作り出した幻想、創造に過ぎません。


さて・・・自分にとって、嫌な事は沢山ありますね。
同じ時に別の人から同時に、同じ嫌な経験を受けると、「なんでだろう・・・」と落ち込みます。

いやなことをする相手の責任ではありません。
100%全て自分の責任です。
望み、学びも含めて、自分の責任なのであります。

では、落ち着いて。

自分の中の【何】がそれを創り出しているのだろう。

その時、何か、ふと、浮かび上がってくる言葉はありますか。


自分の態度かもしれないし、行いかもしれないし、観念かもしれない。

思考や観念の場合が最も、自分の現実を創るのが早いものです。



今日は、ひとつ、代表的な例を挙げて、練習します。が、別に、その例はクリアしていれば、別の事に置き換えて、自分で心の声を聞き取ったらその時にしてみます。あえて、がつがつと探しに行かないようにしてください。自分で自分の幻想を作り上げているのですから、最適な順番で、ハイヤーセルフたちが幻想を創ってくれます。この幻想もういらない、と思った時だけのワークです。(パターン・観念・思想・カルマ、怒りなどを癒すエッセンスを使うと、幻想を「見せて」くれる事が多いので、「あれ?」、と気づいたら、行います。)

ひとつ最も大事なことは、その観念がある自分を卑下しない事です。恥ずかしくも何ともありません!ただ、ある。だから手放そう。それだけです。こんな自分だからだめなんだ、とは思いません。分離だけはしないように・・・その自分を否定しないように・・・。最高にいい事も最高に悪いことも、すごく嬉しい時の事もちょっと悲しい時の自分も100%あなたのものです、全部自分のもの。素敵ですね!(笑)。その時々の魂の声だったのですから、よく頑張ったと言ってあげてください。その【手放したい】部分の自分に光を当てる、そんなイメージで行ってください。(頭の中で光を当てることをイメージできなければ、見つけた観念を紙に書き出し、適切なエッセンスを垂らしても構いません。その紙と自分の思考や記憶が同時に癒されますと、言うだけです。)


やりすぎると、つらくなり、涙が出てくるかもしれません。そうなったら一旦ワークは忘れ、ハートを癒すことに専念します。言葉によるワークは、一人で出来ますが、ある程度の限界(自分の中の言葉の限界の事)もあります。少しずつ、行いましょう。

更に脱線しますが、先日の通り、癒す(Healing)、吐き出す(Release)、綺麗にする(clear)には、明確な差があります。
このワークは、「Release&Clear」に近いワークです。
Releaseするには、そこにそれがあることに気づく必要があります。
今はまだ受け入れられない事も見なければなりません。
なので、勇気があるとき、少しずつで構いません。
(ちなみに、Healingは、その事象に対して過剰反応してしまう心や神経を癒す事で、ゆっくりと見つめたり、もう反応しなくなったりする方法なので、ある程度学びが進んでいて、そのパターンや事象がもういらない場合は勝手に消えていきますし、ただふたをしただけなれば、いつか見つめる日がきます。)


観念は、ひとつひとつ気づきながら剥ぐ方法の方が学べるのでいいと思っています。早いことが最善とは限らないですし、かえって心の傷を深めるだけの事もありますので・・・。ゆっくり、ゆっくり。それで大丈夫です。


とても暖かで神聖なワークです、流れた涙は、気づけたことに対する、自分の祝福の涙にしましょう。



【観念を癒す】

たとえばですが・・・。

「大事にして欲しいのに、大事にされない、あの人は大事にされて、私はなぜ、ぞんざいな扱いを受けるのか。(ある程度の事はきちんとこなしていることが前提です)」

という事に対処するワーク。

原因は多々あります。愛について本質を理解できていない場合はそこからです。
が、その辺は深く大きいのでまずは表側から。
一枚ずつ少しずつはいでいけばいいのです。

子供の頃や過去に、誰かに過干渉や極度の心配性な方、全てを自分の思うままに支配したい(更にきいてくれない)、という、個人の意思を見てくれなかったり、指導保護を受けた人の魂の声には、「もうほって置いてよ!」「聞きたくない!」という声が結構刻まれているものです。(過干渉に対して無関心という逆パターンもありますね。その場合は「私を見て!」「愛して!」という声ですね(;_;))

親・先生・上司・近所の人、こうるさい人(笑)等々にそう言った(思って、ふてくされた、反発した)覚えはありますか。

Oリングと名前がついているものなどですが、利き腕と反対の親指と人差し指か親指と中指をくっつけて、利き腕の方の指で、その輪を切る事で、その観念があるかどうか、チェックすることができます。

「放っておいて欲しい」と口に出して、指を切り離そうとしてみます。

イエスなら切れません。ノーなら指が離れて切れます。筋肉反射を使っているので、強力なブロックの場合エゴが邪魔する可能性も無きにしも非ず、完全ではありませんが、信頼すれば参考にはなります。慣れてくると、切る前に体の神経反応がイエスとノーで、逆周りになるので、体の反応で何となく気づく事ができます(ペンジュラムも同じ原理を利用していますので、ペンジュラムでも構いません)。


「放って置いて欲しい」、試してみてください。

そう思っているのに、ノーだとすれば、何か違う観念や行為からのものだとわかります。その場合は自分の心に聞いて、自分の中の何が、その現実を創り出しているのだろうか、と、じ~っと聞き取ってみてください。そもそも、もっと違うことからかもしれません。(「愛されたい」とか「真実の愛」とか、ごく基本的な事からやってみてもいいかもしれません)


「放って置いて欲しい」がイエスだったら。

放っておいて欲しいのに、相手には放っておかれて、大事にされず、悔しい。
矛盾する観念を見つけることができました。

癒すべきは、そのぞんざいな扱いをする相手への「なんでよ~」という気持ちと、
自分の中の、「放っておいて」という観念です。


そのこれから見つけるであろう、様々な観念が形(丸い玉でも構いません)になって凝縮している様子を目に浮かべます。
気に入った水晶の中にそれを見ても構いません。
紙に書いても構いません。自分が見やすいものに投影して、観念を形にして見立てます。
それに、自ら光を当てます。神々しい光を当てます(イメージできなければ、光の強いエッセンスや用途が近いものを垂らしたり、セージを焚いたりして紙を通して祝福します)。
不要な観念が溶け出し、天に帰り、その玉が自ら光り輝くまで、見つめます。よいと思うまで。

瞑想や独自の方法、各種ヒーリング法などで、自分の方法が確立されている方はその方法で構いません。

さて、解けてなくなった古い観念を、どう変化させるか。
スピリットにゆだねて、最もよい観念に変更するように指示してもいいですし、自らの現実は自らが作り出しているので「愛し愛され大事にされ、大事にする」でも構いません。日本語で言うところの「~る」など、完了した言葉で依頼しておきましょう。「愛されたい!大事にされたい!」と、~たい側や、極度なポジティブ側に偏りすぎないように、最善のバランスを取るよう、中庸を目指すとよいと思います。

そして、その幻想をみせてくれて、怒りを感じたり憤りを感じたり、何かしらの強い感情を得た人がいたならば、相手にも、見せてくれてありがとう、と、感謝を贈ります。もし、怒りの矛先を少しでも向けてしまったようなら、思考レベルでは確かに矢が飛んで行っているので、その飛んでいった矢を回収するように、ビジュアル化して、心から謝り、感謝します。

さて、もう一度、先ほどのOリングという、指の輪を指で割こうとするものを試してみてください。
出来たなら、ノー側に行きますし、出来なければ、やはりイエスのままです。


イエスのままの場合は、さらに、何かそれと同時に癒すべき事柄があると分かります。新たに心に聞きますが、観念は芋づる式なので新たな観念を聞きとれない場合は一度終了して、何度か同じワークを続けるか、思考パターンに詳しいヒーラーに頼ってください。(営業ではありません、一人で出来ない時は、の意味ですよ~(笑))


ヒーラーが必要とされるのは、どうしても手放すことができないことや、命の根幹に繋がっているもの、目に見えない部分の事など、一人で行ったり見つめたりするのは多少辛かったり、手を借りたい時なので、その時は、適切なヒーラー様たちに存分に頼ってくださいね!


大脳のうち、感情を司る古い脳である部分は、「私」と「あなた」など、主語を理解できない場所です。
放っておいて、と、言った時、相手にも放っておいて欲しいし、自分も自分で放っておきます。
現実もある程度放っておかれる現実を作ります。
それが凝縮すると、「あの人は大事にされるのに、私は大事にされない(ように見える)」になる訳です。

だからこそ、自分を大事にしようという本や言葉が沢山溢れます。
自分を大事にすれば、ある程度は周りからも大事にされます。
自分を大事にする事はわがままになるという事ではありません。
(わがままと傲慢と、自分を大事にするとはどういう事かきちんと理解しているかどうか体に聞いてみてもいいかもですね!)
自分の声を聞き取って、自分の意思で、自分のための行動を起こす、という事。
その行為の高さが、波動の高さに比例します。

徳を積むとか、一善とか、行為から高い自分を積んでいく方向と、共に、頭に思い描く思考のエネルギーを高く保つ事で高い自分を積んでいく事も同時に重要かと思います。!エッセンスやセージ、水晶や道具たちはその力を貸してくれる存在なので、その時々の縁で気に入ったものを扱っています。(これは営業ですっ!!(笑))


何度か練習していくと、感情を、自分を癒すためのツールとして、客観的に観て、成長するために利用できるようになります。喜怒哀楽、過度になれば、それぞれの感情に、学び受け入れ癒すことがあります。

体は動く魂の乗り物、快適なドライブのため、
時々はエンジンである心と魂のメンテナンスも、ぜひにです^^


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